ひとつだから離れた。
離れてみたからこそ
知れることがある。
ひとつだと
離れなきゃ見れないし
何も知れない。
日本むかし話の
背中合わせの夫婦の話も
そうですね。
会えていない。
離れているこの時を
どのように自分と過ごしますか?
サイレントと言われていますが
サイレントではないのです。
水面下でやっと
真実で繋がり始めたのです。
究極のパートナーとは
真実でしか繋がれないのです。
愛されたい!と
エゴの自分だったら
そのまま愛されないが目の前にくるだけ。
愛されたい叫び、
それは
自分が自分を置き去りにした叫び。
外側の彼では埋められないのです。
自分でしか埋められないのです。
それを教えてくれるのは
唯一無二のパートナーです。
優しくて、何でも叶えてくれて、
お姫様にしてくれるのが
究極のパートナーではないのです。
ただ整ったふたりが
ともにいる空間だと
自然といろいろなことが
叶ってしまうのですね。
彼の言葉は
私には厳しく感じていましたが、
今は愛しか感じません。
これまでも
これからも
彼に感謝しています。