自分でみえていない自分
なんとなくYouTubeを開いたら
この動画が目の前に出てきました。
みなさんは何を感じるでしょうか?
この子は歌手になる事が
決まったようですね。
この子を観て感じたことは、
やっぱり自分の真実は
自分だけでは分からないんだ
ということでした。
それはどんなこともです。
自分のことを知るため、
教えてくれるために
パートナーがいてくれるし
目の前の人たちがいてくれます。
知らなかった自分を知れるからこそ、
自分を受け入れ赦し愛が深まります。
この子はあれほどの歌声でも
すごく緊張をしていたし、
失格を恐れていたというのです。
この子は歌手を目指す人でしょうか?
歌っている姿はすでに歌手。
すでにそうだという
歌手の姿そのものでした。
歌う姿は歌手という肩書きや言葉さえ、
全く必要ないですね。
だから目指すものでもないし
なろうとするものでもない。
必要なものはすでにあるんですね。
この子の考えていた、
不安、恐れ、失格は
幻想だったと言うのが
とっても分かりやすいですね。
それでもこの子のように
エゴは失格を囁いて
恐れを抱かせます。
自分は大したことないとか
やめておけとか囁きます。
特別な才能が有る無しに関わらず
自分では自分が見えないのです。
そのままですでに
パーフェクト、
でも 、なのに!
そして例え素晴らしい能力が
開化していたとしても、
エゴは疑うし、信じられないし、
もっともっとと常に不安なのです。
疑う必要があるのはエゴの
不安、恐れ、思い込みなどの
思考のほうです。
大切なのは自分への信頼、
自分の感覚への信頼なのですね。
自分で観えていない自分を
良くも悪くも最も見せてくれるのが
究極のパートナーです。
ツインレイはどこまでも
見せてくれます
パートナーに見たものは
自分のものなのだ
という信頼も大切ですね。
観音 ひかり



